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心の沙漠を耕そう

<中国沙漠緑化事業/緑の協力隊・やまなし甲府隊リポート>

沙漠緑化に命をかけた男・10年の軌跡

1998(平成4)年から「緑の協力隊・やまなし甲府隊」が、中国内蒙古の沙漠緑化事業に参加して5年が経過した。
 緑の協力隊の目的は、第1に中国内蒙古の沙漠緑化をすることである。第2に緑化活動を通じて民間の立場で日中友好親善を図ることである。そして第3に青少年教育プログラムとして国際ボランティアや環境ボランティアの体験の場をつくることである。
 山梨県ボランティア協会が中心になって、日中平和友好会の武藤さん、甲府中央ライオンズクラブ、測量設計業協会などのご協力をいただきながら緑の協力隊を結成してから早くも5年が経過した。この間、延べ91人が参加し、そのうち53人の若者が沙漠で汗を流し、夜は遠山先生の沙漠講座を聞き、満天の星空の下で語り明かし、天地人和合の連帯の絆を深め、自分探しの旅をした。沙漠緑化の旅が進路を決めるターニングポイントになって農学部や環境関係の学部に進路を選択するなど、若者の生き方に大きな影響を与えている。
 その原動力は遠山正瑛先生(富士吉田市出身)である。97歳になってもなお沙漠緑化に命をかけて取り組んでいる熱き情熱と行動力で真摯に生きる生きざまが若者たちの心の奥底を揺さぶり、本来持ち合わせている潜在的な「生きる力」を引き出しているのである。
 沙漠緑化の10年の軌跡は、新しい中国の北西部開発の歴史を拓いたと言っても過言ではないと思うが、その偉業の一端を記しておきたい。
 NGO団体・日本沙漠緑化実践協会が発足し緑の協力隊を中国内蒙古恩格貝のクブチ沙漠に派遣したのが1991年の春のこと、その年は道路事情も悪く沙漠への往復路に難儀した。そして、翌年の1992年9月、第6次隊に僕は参加した。
 2002年4月発行の「さばく」に今までの協力隊の実績が掲載されているが、広大な沙漠の一角にある「クブチ沙漠総合開発示範区」の面積は東西18キロ、南北10キロ(最長15キロ)で20,000haである。ここに緑の協力隊の活動拠点をつくって沙漠緑化に取り組んできた。日本からの協力隊は335隊、参加人数は6,665人がポプラの植樹を行い本数は3,026,339本、植林面積は2,000haとなっている。
10年前と今とを比較してみると、宿舎の周辺は荒れ地であったが電柱の高さを越える勢いのポプラが街路樹をなしていて、沙漠のポプラ並木は田園調の情緒豊かな風情である。大きく伸びたポプラに囲まれた農地には、花が咲き、野菜が育ち、西瓜があちこちに転がるなど農業生産も着実に根付いている。
 宿舎に隣接した7戸の集落は年々増えて、沙漠を横断する街道の主要拠点となり売店や飲食店、床屋などが軒を連ねるようになっている。そして、牧畜や農業生産品を加工するための工場が建てられ、そこに働く従業員など流動人口は約300人ほどの村が形成されている。
 かつて荒れ地であった高台には現代風の賓館(ホテル)が建てられ、中国国内から沙漠のオアシスを求めて観光客がひっきりなしに訪れている。大雨の後にダムをつくって沙漠に貯水した人口湖にはモーターボートがエンジンの音を高らかに響かせ、スノーモービルが砂丘を走り回り、ビーチパラソルの下で家族連れがくつろぎ、馬やラクダの背に揺られた観光客がのどかに楽しんでいる。
 10年前の沙漠しか記憶にない者にとっては、浦島太郎の幻想のような世界である。この変化をどう受け止めるか。日本人は沙漠にポプラを植樹して緑化活動に汗を流し、中国人は緑化された沙漠にオアシスを求めて観光に興じている。どこか変だぞと思うか、これでいいんだと思うか、何とも複雑な思いで観光地化した沙漠のミニ・レジャーランドを眺めた。(日本の戦後の富士五湖が観光地化した姿を思い出しながら) 
 「なぜ、日本人が中国の内モンゴルまで来て沙漠緑化をするのか?」これは重要な疑問であるが、遠山先生が提唱している沙漠緑化の意義と役割がここにある。それは、一人の農学博士の思いから発した地球規模での環境問題を解決するために不可欠な人間の行動であり、日中友好の歴史を刻む大切な営みである。
 沙漠緑化・開発は世界平和の道を拓くための入り口である。環境問題だけでなく60億余の世界の人口の食糧問題を解決するためにも取り組んでいかなければならない人類の課題である。そのことに気づいた遠山先生が自らの身を削る思いで命がけで沙漠緑化・開発を実践してきた。その成果が今目の前に実現している。
 ポプラを植樹するという緑化の実践ノウハウはすでに中国に引き継がれ、今後は各地でその知恵を行動に移していくことと思われる。そして、不毛の地で放牧のみに依存し貧しい生活をしていた沙漠の民が自立しエンパワーメントしていくことを期待する。
日本の歴史をひもどいてみると、かつて遣唐使、遣隋使が中国に学んだが、その若者たちは約6,000人だと言われている。彼らが持ち帰った文化が、日本の生活のあらゆる場面で伝承され今日生きていることを考えると、感慨深い思いがする。
 緑の協力隊の果たしてきた役割は、緑の大地を荒れるに任せて放置し、植林する必要感もないままに沙漠化してしまった中国への恩返しのような気がする。その一端を担うことの意義の自覚と心意気が、「なぜ、日本人が?」の答えであると思う。しかし、それは沙漠に行って実際に灼熱の太陽の下で大地に穴を掘り、ポプラを一本一本植えた者でないと理解できないことなのかも知れない。

 小高い砂丘に登って周囲を一望した。関東平野を丸ごと包含してしまうクブチ沙漠は広大である。いくつかの沙丘を越えて歩いたが、沙丘の向こうにはさらに沙丘が果てしなく連なっている。その一角に緑の小島が浮かんでいた。小さな点の存在ではあるが、それは遠山イズムの執念の足跡である。
 「一木一草」。一本の木を植えなければ森は育たない。一本の草を育てなければ草原は広がらない。「やればできる。やらなければできない。」「目標のない人生は意味がない。」「沙漠緑化活動は人間の心づくり、人づくりである。」
 沙漠講座で熱く語られた遠山先生の言葉の意味を深く受け止めながら、沙漠緑化の必要性と植樹への参加呼びかけをしていくこと、このことが今後の与えられた宿題である。
 金満飽食、衣食満ち足りて礼節を欠き、利己主義の横行する日本の社会の中で、このような思いを伝えていくのは困難と空しさが伴うだろう。しかし、誰かが動きださなければ、何も始まらない。「心の沙漠を耕す」その誰かになるボランティアの一歩を踏み出そう。

NPO法人 山梨県ボランティア協会事務局長 岡 尚志

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